アマチュア(O31)部門の最優秀賞金賞は、クラリネットの菅原文昭さん。兵庫県西宮市に暮らす菅原さんは、大学教員という多忙な日常を送りながら、クラリネットにもひたむきに取り組んできました。40代最後という節目に挑んだコンクールで、見事受賞。その音楽への情熱と、ユニークな探求の軌跡についてお話をうかがいました。
※ご本人の希望により写真の掲載はありません
菅原さんがクラリネットを手に取ったのは中学1年生、吹奏楽部に入部した時でした。きっかけは、当時、学校の教員で吹奏楽部の顧問を務めていたというお父さまのクラリネットがたまたま家にあったことだそう。特別な理由でクラリネットに強く惹かれたわけではなく、ごく自然な成り行きだったといいます。
中学・高校では吹奏楽を、大学ではオーケストラ部に所属。プロの音楽家を目指すことはなく、大学は理系の道へ進みました。現在も大学で教鞭を執る傍ら、少人数でのアンサンブルや、出身大学のOBオーケストラなどに参加しながら音楽活動を続けています。
そんな菅原さんが初めてコンクールという舞台に立ったのは、30歳を目前にした頃。「30代になる前に一度くらいは」と、やはりその時も人生の節目を意識した挑戦だったと振り返ります。
今回の出場についても「49歳になり、体が動くうちにやれるだけのことをやっておきたい」という思いを抱いていたところ、インターネットで偶然見つけたのが今回のコンクールでした。本コンクールは動画による一次予選と本選1回のみというシンプルな形式。「これなら自分にも挑戦できるかもしれない」と、エントリーを決意します。
菅原さんが選んだのは、B. マントヴァーニ『バグ』(一部抜粋)、非常に難易度の高い現代曲でした。無伴奏、つまりクラリネット1本で世界観を構築しなくてはなりません。この選曲にも、彼らしい実直な理由がありました。実はこの曲、コンクールの約半年前、前年の11月に、以前習っていた先生の発表会で一度披露していた曲。しかし、その出来は「あまりにも不完全燃焼」と菅原さん。難解な楽曲を前に、納得のいく演奏ができませんでした。「このままでは終われない」。リベンジの場所を探していたところ、動画の締め切り数日前にこのコンクールの募集要項が目に留まったのです。まさに渡りに船でした。
そこから本選の4月まで、菅原さんはこの難曲と向き合います。本選までに、3月にも一度、別の場で演奏する機会を設け、本選は3回目の舞台となりました。その集大成となるはずだった本選。菅原さんはここ最近の本番で、ある作戦を導入していました。それは「目を閉じて演奏する」こと。客席の視線や、ふと目に入る余計な情報が集中力を削ぐ。それならば——暗譜は得意だったこともあり、思い切って視覚情報をシャットアウトすることにしたのです。
しかし、演奏が終わって目を開けると、菅原さんの目に映ったのはステージ下手。なんと、目を閉じていたために、体の向きが正面ではなく真横を向いて吹いてしまっていたそうです。驚いた菅原さんでしたが、演奏自体は3回のうちで最も納得のいくものでした。難解なパッセージもこなし、「これはうまくいった」という確かな手応えがありました。
しかし、最優秀賞の知らせを聞いた時は、喜びより先に「意外だ」という驚きが勝ったそう。目を閉じたまま横向きで演奏するという「失態」(ご本人曰く)をしてしまっただけに、最高の結果は望外の喜びでした。審査員からの講評ではいくつか技術的な指摘もあったそうですが、それ以上に菅原さんの音楽に対する真摯なアプローチが評価されたようです。優勝の大きな理由は、圧倒的な演奏効果を持つ難曲を、高い技術で弾きこなしたことにあるでしょう。「難曲を選んだ、いわば奇襲作戦が功を奏したのでは」と菅原さんは笑いますが、その裏には地道な努力がありました。
菅原さんが挑んだのは、ただ譜面通りに吹くだけでも困難な現代曲。そこには、半音と半音の間を揺れ動く「微分音」や、同じ音でありながら指使いを変えて音色を変化させるシノニムトリル、さらには舌を使って細かく音を振動させるフラッタータンギングなど、アマチュア奏者が普段出会うことのない高度な技術が詰め込まれていました。
驚くべきことに、菅原さんはこの曲の技術のほとんどを独学で習得したそう。現在はレッスンについていないため、頼りになったのはインターネット上の動画です。いろいろなプロの演奏家の動画を0.25倍速で再生し、複雑な指の動きを一つひとつ解読していきました。
また、その難しい技術をこなしながらも、曲の雰囲気を壊さないよう高い集中力を保って曲を作り上げていくことにこだわったそうです。
ここに至るまで、練習時間の確保という現実的な課題は常にありました。数年前までは、練習は週末にまとめて行うだけ。週末にお子さんを河原へ遊びに連れて行き、お子さんが遊んでいるうちに自分はそばでクラリネットを練習する、ということもあったそうです。クラリネットを吹くためにはカラオケボックスに足を運ぶなど、時間もお金もエネルギーも消耗していました。
しかし、年齢を重ねるにつれ、週末に練習するだけでは技術が落ちていくことを痛感します。そこで菅原さんは2017年に自宅を新築した際に防音室を整備。現在は出勤前の毎朝30分、必ずクラリネットを練習する時間にあてています。
ところで、菅原さんの本業は生物学の研究だそうですが、小さい頃から昆虫採集が少年だったそうです。クラリネット以外のもう一つの趣味は、なんとタマムシ観察。「日本に200種類ほどいるタマムシの全種類制覇を目指す『勝手にタマムシチャレンジ』をやっています」と笑う菅原さんの日常は、娘さんに「パパの予定は大学、クラリネット、タマムシしかないでしょ」と言われるほどです。
そんな菅原さんにとって、クラリネットの魅力とは何なのでしょうか。「モーツァルト、ブラームス、サン=サーンス。偉大な作曲家たちが、なぜか人生の最晩年にこの楽器の最高傑作を書いているんですよね。」モーツァルトの協奏曲(K.622)は、彼の死の年に書かれた最後の協奏曲。サン=サーンスも86歳で亡くなるその年に『クラリネット・ソナタ』を作曲しています。ブラームスは一度筆を折った後、名手の演奏に触発されて再び作曲を始め、珠玉のソナタ2曲を残しました。「人生の最後に、この楽器で何かを表現したいと思わせるほどの何かを、クラリネットの音色は持っているんじゃないかと思うんです」。菅原さんもまた、いつかそんな「人生の最後に聴きたい」と思わせるような演奏をしたいと願っています。
今後の目標について尋ねると、「夢という大それたものはなくて。目標の曲を設定して、ロックオンして取り組んでいくのがモチベーションになるタイプなんです。死ぬまでにやっておきたい曲をやれるうちにやれるだけやりたいと思っています。あと10年くらいですかね。」
そして、その目標の曲のうちの一つは、すでに実現しようとしています。本コンクールの後、プロのオーケストラをバックに協奏曲を演奏できる企画のオーディションに見事合格。来たる2月、モーツァルトのクラリネット協奏曲を演奏する大舞台が控えています。「オケをバックに演奏なんてできるわけないと思っていたことなので、素直に嬉しい」と、照れ笑いを浮かべます。
他にも菅原さんにはやり遂げたい曲のリストがあります。たとえばサン=サーンスのソナタ。作曲者が86歳で書いたこの曲を「自分もそれくらいの年齢にならないと分からないだろう」と長年封印してきました。しかし最近、「待てよ、86歳になったらそもそも吹けないんじゃないか?」と気づき、そろそろ取り組むべきだと考えているそう。そして、これまで苦手意識から避けてきた、コープランドのジャズ要素の強い協奏曲。菅原さんの探求は、まだまだ終わりそうにありません。
「これまで自分の演奏は、自分が演奏したいという欲求を満たすためのものが大きかった」と、菅原さんは冷静に自己分析します。「でも本当は、聴いてくださるお客さんに感動してもらいたいという気持ちが心の底にはあるんです。残念ながら今までに一度も、それに到達できたと思ったことはありません。お客さんの心の琴線に触れるような演奏が一度でもできたら、もうそれでクラリネットをやめてもいいかな、とは思います」。
常に自ら目標を設定し、実直に探究を続けてきた菅原さん。難解な現代曲の独学でのマスターも、来るべきモーツァルトの協奏曲への挑戦も、その着実な歩みのひとつです。菅原さんの挑戦は、これからもまだまだ続くことでしょう。50代という新たなステージを迎え、さらに円熟味を増すであろうその音色で、次に私たちにどんな音楽の世界を見せてくれるのか、これからも楽しみにしています。

