全日本管楽コンクール

アマチュアU30部門:藤川史帆さん

藤川史帆さん

アマチュア(U30) 部門最優秀金賞の栄冠に輝いたのは、藤川史帆さん。藤川さんは現在、お茶の水女子大学の4年生ですが、音楽科専攻ではありません。それどころか、一度は楽器から完全に離れていた時期があったといいます。6年のブランクを経て、本格的な再開からわずか1年余り。その短期間で頂点に立った藤川さんの音楽との向き合い方や、知られざる努力の軌跡についてお話をうかがいました。

藤川さんがフルートと出会ったのは中学生の時でした。3歳上のお姉さまが吹奏楽部でフルートを吹いていた姿に憧れ、ごく自然な流れで自身も吹奏楽部に入部。「なんとなく自分もフルートに興味が湧いて」と、その出会いを朗らかに振り返ります。中学生時代はコンクールにも出場し、受賞経験も複数あったとのこと。しかし、高校進学を機に、一度フルートから離れました。「高校では新しいことがしたいと思って山岳部に入りました。自然が好きだったので。大学に入ってからは、また新しいことがしたいと思って、別の大学のソフトボール部のマネージャーをしています」。

中学2年生の頃、千葉県吹奏楽個人コンクールで理事長賞を受賞した時の演奏の様子

そんな藤川さんに転機が訪れたのは、大学3年生の秋でした。6年ぶりに、以前師事していたフルートの先生から連絡が入り、先生主催の発表会へのお誘いを受けたそう。それを機にフルートを再開して、まだ1年ほどです。

もちろん、再開への道は平坦ではありませんでした。「自分の感覚が戻るまで、悶々とした時期はありました」と、当時の葛藤を明かします。「中学時代にできていたことが、すぐにはできない。でも、楽しい記憶のほうが多いです。この1年間苦しかったという記憶はないですね。むしろ、もっと上手になれるはず、もっと上手になりたいという気持ちが湧き上がってきました」。

今回のコンクール出場も、この恩師である先生からのお話がきっかけでした。選んだ曲は、ドップラーの『ハンガリー田園幻想曲』。実はこの曲、中学時代にも一度取り組んだことのある曲だったのです。「中学生の頃に吹いていた曲で、すごく思い入れがあって。この曲をもう一度吹きたい、と先生にお話して決まりました」。

中学時代と今とでは、曲への取り組み方に変化がありました。「今の方が、より自主的に上手になりたいっていう気持ちが強くなったと感じています」と藤川さん。中学生の頃は、先生に言われたことを技術的にこなす、という意識が強かったそうです。しかし、再開してからは違いました。「今回はもっと表現力を豊かにしたいとか、ここの音をもっと密度を高めたい、という風に、自分で考える力がついたなと思います」。

先生からお誘いいただき、6年振りに演奏した発表会

しかし演奏直後の手応えは、完全には満足のいくものでなかったそう。「吹き切った感覚はあったんですけど、緊張して手が痺れてきちゃって。あと、唇が震えて思ったように吹き切れてないところがあったりしたので、ちょっと心残りはある演奏でした」。

それだけに、優勝の結果を知った時の驚きはひとしおでした。そして何よりも、中学時代から自分を導き、再び音楽の道へと呼び戻してくれた先生への感謝の気持ちがこみ上げてきたといいます。

そんな藤川さんの普段の練習は、どのようなものなのでしょうか。練習時間は、平均して13時間ほど。卒業論文を控えた学業との両立を考えれば、これは決して短い時間ではありません。練習の多くは基礎練習に割かれます。「音質が少し気になるので、ロングトーンなど音の質を良くするような基礎練習から始めて、曲の練習に入っていきます」。基礎練習には長い時で1時間をかけることもあり、曲の練習に2時間から3時間を充てるのが理想だそうです。レッスンには週1回通っているそうなので、アマチュア奏者としてはなかなかの頻度の多さです。

今回のコンクールに向けては、特にいくつかの課題に集中的に取り組みました。藤川さんの課題は、低音に比べて高音が出にくいことと、ブレスでした。「高音の出し方についてはハーモニクスを練習するよう先生に言われ、取り組みました。また、息を大きな音で吸ってしまう癖があって…」。息をたくさん吸おうとして力んでしまうことが課題でした。コンクールの講評でも、審査員からその点を指摘されたといいます。先生からも「そんなに力を入れなくても十分音は出ているから、今度は力を抜くことを覚えて」と、的確なアドバイスを受けました。

さらに、音楽表現を深めるため、YouTubeなどでさまざまなプロ奏者の演奏を聴き、自分の演奏に取り入れようと努めました。こうした地道で知的な努力が、藤川さんの表現力を育てていきました。

タイでの留学中。成人式に参加できなかったため、タイの伝統衣装を着て記念撮影

大学4年生の藤川さんは、英文科でアメリカ文学を専攻。現在は卒業論文に向けての研究活動に励んでいます。また、来年春からは社会人としての新しい生活が始まります。就職活動も既に終え、内定も決まっているとのこと。「世界中を股にかける仕事をしたい」という、幼い頃からの夢を叶えるべく、英語を活かせるグローバルな職場でキャリアをスタートさせます。

社会人になれば、フルートに割ける時間は減ってしまうかもしれません。「多分同じようには続けられないので、趣味として、やりたい時にやる、という形にはなると思います」。それでも、「練習時間を確保できれば、もちろんコンクールにも挑戦したい」とフルートへの熱い思いも語ります。その言葉通り、このインタビューの2日後にも別のコンクールの予選を控えているというから驚きです。「今年1年はフルートをしっかり頑張ろうと決めていて。心残りがないくらい頑張って、来年から就職しようと」。今、この瞬間に全力を尽くす。その潔い姿勢が印象的でした。

上海旅行中。「いつか世界中のディズニーリゾートを制覇したいです」

最後に、藤川さんにとってフルートとはどのような存在なのか、尋ねてみました。しばらく考えた後、彼女はこう答えてくれました。「音で自分を一番表現できる媒体かなと思います」。言語を専門的に学ぶ藤川さんのその回答は意外なものでしたが、だからこその鋭い洞察が続きます。「言葉って、やっぱりその言葉がないと表現できないというか、その言葉以上のことを表現できないじゃないですか。言葉じゃ伝えきれない、もっとすごい何か、思考ってあると思うんです」。言葉の限界を知るからこそ、言葉を介さず、感情や思考をそのまま音に乗せて表現できる音楽、そしてフルートという存在が、藤川さんにとってかけがえのないものとなっているのです。

一度は手放したフルートとの再会。そしてブランクを物ともせず、むしろそれをバネにして、自ら考え、努力を重ねることで掴んだ栄冠。藤川さんの音楽が、言葉では表現しきれないほどの深い感情を聴き手の心に届けたことは、審査結果が何よりも物語っています。

社会人になったら、またフルートとの距離が少し離れてしまう瞬間もあるかもしれません。しかし、新しい世界でさまざまな経験を重ね、またさらに豊かさを増した演奏を聴かせてくれる日が来るに違いないでしょう。

全国大会での藤川史帆さんの演奏はこちら