管楽コンクールアマチュア(U30)部門最優秀賞金賞は、サックスの中川菜沙(なずな)さんです。中川さんは現在、医大の看護学部で学ぶ大学3年生。学業に専念するため、一時は楽器から遠ざかっていたそうですが、久しぶりの挑戦で見事掴み取った栄冠でした。中学時代から友人として、そして伴奏者として共に過ごしてきた橋本さんと一緒にご自宅からオンラインインタビューに応えてくれました。

中川菜沙さん
中川さんがサックスに出会ったのは、中学に入学した時。ご両親がどちらもサックスを嗜んでいた影響もあり、「昔から吹奏楽をやってみたい」とずっと思っていたそうです。そして、この吹奏楽部で、伴奏者の橋本さんとも出会います。
高校に進学しても、中川さんは迷わず吹奏楽部に入部しました。部活動と並行して個人のレッスンにも通い始め、高校2年生の冬に初めてソロ・コンクールに挑戦。立て続けに3回、賞を受賞するなど、その才能を開花させていきます。この頃のコンクールでも、伴奏を務めたのは橋本さんでした。

高校時代の同期たちと。トロンボーンを持っているのが伴奏者の橋本さん
橋本さんから見た中川さんは、中学時代、楽器を決める段階から「サックスへの愛と情熱がすごかった」と言います。その熱心さは群を抜いており、部活の中では、持ち前の明るい笑顔と「サックスが好き」という純粋なエネルギーで、周囲を巻き込み、盛り上げてくれるムードメーカーのような存在だったそうです。一方、中川さんにとって橋本さんは、「私の保護者です」と笑うほど、落ち着いた雰囲気で自分を受け止め、支えてくれる、安心できる存在。タイプの異なる二人でしたが、だからこそ化学反応が起き、音楽においても、また人としても、お互いを支え、高め合える理想的なパートナーシップが築かれていったのでしょう。部活動で二人そろってセクションリーダーの役職につき、どうしたら部が良くなるかを夜遅くまで語り合ったり、吹奏楽の本番で偶然にも二人で同じ曲のソロパートを任されたり。不思議な縁と深い信頼関係で、二人は結ばれていました。
しかし、高校卒業後、中川さんは音楽への道を選びませんでした。「音大に行こうとは思わなかったです」と、きっぱりと言います。大学は医大の看護学部に進学。それは、「音楽は趣味でもできるけれど、人の命は趣味では助けられない」という強い思いからでした。「医学的な技術には限界があるけど、看護には限界がないと思ったんです。その人のためになることは何かと考えたら、看護にはできることがたくさんあると思います。音楽でも昔から感受性が豊かだねと言われることが多かったんですが、人の気持ちを考えるとか、人の気持ちに寄り添えるとか、そういったことが看護にも通ずるところがあるかなと考えています。」
誰かの役に立ちたい、社会に必要とされる存在になりたい。その気持ちが、医療の道へと中川さんを導きました。もともと国際的な活動にも興味があったといい、将来は医療の分野で、広い視野を持って貢献したいという夢を抱いています。

大学にて、共に勉強する仲間たちとの1枚
大学に入学してからの日々は、慣れない専門分野の勉強に追われました。特に1年生、2年生の頃は、新型コロナウイルスの影響もあり、サークル活動などもままならず、ひたすら勉学に打ち込む毎日。あれほど情熱を注いだサックスも、高校のOB楽団で時々吹く機会はあったものの、日常的に練習することはなく、音楽そのものから少し距離ができていました。
そんな彼女が、再びコンクールに挑戦しようと決意したのは、大学3年生になった頃。大学生活も折り返しに差し掛かり、何か自分が本気で打ち込んだという「証」が欲しい。そんな思いが日に日に強くなっていきました。「最後にもう一回、本気で音楽がやりたい」。そう思い、橋本さんに声をかけました。
しかし、再始動の道は平坦ではありませんでした。最大の壁は、練習時間の確保です。大学の勉強はますます専門性を増し、多忙を極めていました。中川さんは、実習や課題の合間を縫って、必死に練習時間を捻出しました。コンクール前の練習時間は日によってまちまちで、忙しさのあまり楽器に触れない日もあったと言います。さらに、数年のブランクは想像以上に大きく、「高校の時にできていたことが、できなくなっている」という現実にも直面しました。
しかも今回の挑戦ではレッスンにも通わず、頼りになったのは高校時代のレッスンで書き留めたノートだけ。うまくいかない箇所があると、そのノートを何度も見返し、当時の感覚を呼び覚まそうと試行錯誤を重ねました。
伴奏を務める橋本さんとの練習も、困難を極めました。お互いのスケジュールを合わせるのが非常に難しく、本番までに二人で音を合わせられたのは、前日を含めて、たったの3回。それも、1回の練習時間は決して長くはありませんでした。お互いの信頼関係と、高校時代までに培ってきた阿吽の呼吸を信じて、短期集中の濃密な練習を重ねました。

ガールスカウトの活動で演奏を披露した時の様子
そして迎えた本番当日。久しぶりのコンクールの舞台に、緊張はなかったのでしょうか。本番では、演奏を終えてステージから退場する際、出口を間違えるという思わぬハプニングもあったそうです。ただ、「今、自分にできることは出し切った」という清々しい達成感だけは、確かに胸の中にありました。
中川さんたちの演奏は、サックスだけでなく、さまざまな管楽器の奏者が集う部門での審査でした。楽器も違えばバックグラウンドも違う中で、自分たちの立ち位置を客観的に測ることは難しかったことでしょう。
しかし、結果は最優秀賞。その一報を知った時、中川さんはすぐには信じられず、間違いではないかと運営に問い合わせたほどでした。
後日送られてきた審査員の講評については、「音色を褒めていただけたことが嬉しかったです。音の一つ一つにキャラクターがある、と評価していただけました」とのこと。アマチュアの演奏では、技術的なミスを恐れて自分の表現まで辿り着けないことも少なくありませんが、中川さんは、今持てる技術の中で、自分のやりたい音楽を精一杯に表現し切りました。

中川さんと橋本さん、二人で開催したリサイタル
本コンクールでは入賞者コンサートが7月に東京で開催されましたが、残念ながら中川さんは試験の日程と重なり、参加することができませんでした。そこでご両親が地元のホールを押さえてくださり、橋本さんと二人でソロ・リサイタルを開催したそう。約100人ものお客さんが来てくださり、それはまた二人にとって最高の思い出となりました。
現在は、一旦コンクールへの挑戦もひと段落し、再び学業に専念する生活に戻った中川さん。9月からは半年間にわたる実習も始まり、まさに正念場を迎えています。将来は、看護師として人の命と向き合う道に進みます。それは決して楽な仕事ではありません。「今後サックスは、年に1回ぐらいゆるく続けられたらいいな、と思っています」。
また、中学から続く橋本さんとの友情も、一緒に楽器を演奏する機会が減ったとしても、二人の関係は変わらずに続いていくことでしょう。
今回の受賞と挑戦を振り返り、中川さんは最後に、次のような言葉で締めくくってくれました。
「改めて、自分はいろんな人に支えられて、ここまで来られたんだなと実感しました。楽器を始めるきっかけを与えてくれたのは両親ですし、その後、続けさせてくれたのも家族の支えがあってこそです。そして、今回のコンクール挑戦も、橋本さんが一緒にやってくれたからこそ実現できました。挫折しそうになった時も、コンクールの前日も、部活の友達がメッセージをくれたり励ましたりしてくれて、自分の周りには本当に温かい人たちがいてくれる。そのことへの感謝の気持ちでいっぱいです。お礼を伝えたくてリサイタルを開いたのもありますが、これからも感謝を忘れず、自分も周りの人たちに対して温かい存在でいたいと思っています」。
学業と音楽。異なる二つの道を、中川さんは類稀なる集中力と情熱、そして周囲への感謝の心を持って両立させました。強い信念を胸に、今は医療の道に邁進する中川さん。しかし、その胸の内には、豊かな音色を奏でた深い感受性が、確かに息づいています。彼女が将来、看護師として誰かの痛みに寄り添う時、音楽で培ったそのしなやかな強さと優しさは、きっと多くの人を救う力となるに違いありません。中川さんの新たなステージでのご活躍を、心から応援したいですね。
全国大会での中川菜沙さんの演奏はこちら。

