音楽との関わりかたは、十人十色です。一般プロ部門で1位となった荒木香奈さんは、大学で法律を学び、卒業後は企業で働くかたわら音楽活動を続けてきました。昨年春、東京藝術大学別科への入学を機に退職、大学で学びながらプロの音楽家としての日々を過ごしています。今回は、その異色の経歴を中心にお話を伺いました。
荒木香奈さん
荒木さんがクラリネットを始めたのは、小学生のとき。当時はまだまだ身体が小さく指がキイに届かなかったため、いわゆる普通のものより小さいEs管のクラリネットから始めました。「Es管は音のコントロールが繊細なので、いま考えると、とてもいい練習になっていたと思います」
中学生のころからコンクールに挑戦しはじめ、数々の入賞、優勝経験があります。ただ、その後の長い人生を考えたときに、10代で自身の未来を音楽の道に絞ることには高いリスクがあると考えていました。「勉強を頑張っているから音楽も頑張れる、といった環境に身を置いていて、生活の主軸は勉強にありました。できるだけ経済的にも自立できる仕事に就けるように、勉強の道を選択しました」。音楽を続けることに変わりはありませんでしたが、音大には進学せず、立命館大学法学部に入学します。
高校3年生のときに受けたオーディションの結果、アメリカへの音楽留学が決まっていた荒木さん。大学に入学してまもなく、前期の定期試験も受けずにアメリカへ渡ります。「この留学中に、そのまま法律の勉強を続けるか、音楽にシフトするか、進路を考えようと思っていました」。海外でともに音楽を学ぶ仲間は、驚くほどレベルが高く、荒木さんの音楽への情熱を一気に高めることになります。
刺激的な仲間との出会い
「この経験から、音楽をするなら海外に行きたいと思いました。でも、海外に行くには国内で学ぶ以上に勇気が必要で。悩んだ結果、まずは、いまの大学を卒業することを選びました。そして日本にいながらできることをしようと、帰国後はコンクールに出場したり、プロのオーケストラの客演奏者や、プロオケメンバーと一緒に室内楽でステージに立ったりと、積極的に音楽に向きあいました」
一方で、法律の専門家を目指して勉強も頑張りました。人気の民法ゼミに入り、弁護士事務所へのインターンシップ生にも選抜されましたが、「広いマーケットを持つ民間企業で働くことに未来を感じて、進路を民間企業の就職活動にシフトしました」。大学卒業後は、関西電力株式会社に就職。「会社員になってしばらくは、仕事に翻弄される生活で。なんとか楽器を吹いている状況が5年ほど続きました」。その後、職場の異動を機に就業後に時間が取れるようになり、久しぶりにコンクールにエントリーしてみたところ、最優秀賞を受賞。防音室を購入して、音楽活動を本格的に再開します。「平日は朝から晩まで仕事をして、土日は演奏会に出たり、有休を使ってオケや室内楽の演奏会に出たり、出身校の吹奏楽部やオーケストラ部の後輩の指導をしたり。アマチュアで再開した音楽活動でしたが、徐々にプロ奏者として音楽の仕事も入るようになりました。当時は、会社の名刺のほかに演奏家としての名刺もつくっていました」。会社員と音楽家、二足の草鞋の生活が始まります。
会社員時代
会社での立場も上がりさまざまな仕事を経験するとともに、大手インフラ企業で働く法学部卒業生として法律専門誌のインタビューを受けたり、母校からの依頼で法学部1年生の授業でゲストスピーカーとして教壇に立ったりした荒木さんでしたが、コロナ禍に転機を迎えます。「世の中がこんなふうになって、自分がほんとうにやりたいのは何かなと。やっぱり、音楽がやりたい。でも、音楽の学歴がないのはコンプレックスだった。どれだけ演奏活動歴があっても音大を出ていないことについていつもどこかで劣等感を感じていたので、ちゃんと勉強したいと思って」。東京藝大の別科を受験し合格。11年勤めた会社を退職し、2022年春、長年住み慣れた大阪から上京しました。
専門誌『法学教室』2019年8月号で紹介
「学校には、ほぼ毎日通っています。一般大学を卒業して会社員としてキャリアを積んできましたが、音楽専門の人生は始まったばかり。大学ではうんと若い友人に混ざって、とてもフレッシュな気持ちで積極的に過ごしています。ほんとうに恵まれた環境で、学びも多く、充実した幸せな日々。この学校で出会った先生や仲間には、感謝の気持ちでいっぱいです」
新しい生活のスタート
音楽家としてのモチベーションは、「いい演奏をして、お客さまにも喜んでいただきたい。演奏の質が高くなれば、それだけお客さまにも喜んでいただける。その期待にお応えするぶん、自分自身の充実感も得られる」と荒木さん。今年1月には京都で、6月には東京でソロリサイタルを開催しました。
クラリネットの上達や音楽の向上を目指して
荒木さんは、幼稚園のころから絵画も習っています。学生時代には、数々の絵画コンクールで受賞。昨年春には大阪で個展を開きました。「聴いた瞬間からすぐに無くなってしまう音楽と、ずっと形に残る絵画。両方やって、自分のアイデンティティを探しているところ。掛け算が増えれば増えるほど、人生は面白いですよね。音楽×絵画×法学×社会人経験……個性的な経歴や経験をいかしつなげていける活動は何か、自分はここから何者になれるか、模索しています」
音楽×絵画
絵も描く音楽家として活動中の荒木さん。モットーは、心が元気になる音楽を届けることです。「クラリネットの心にしみわたるような優しい音色が大好き。奏者として、その音色を大切にしたいです。そしてこれからも、さまざまな舞台に立ち続けて、すばらしい演奏家の皆さんと共演し、学びの機会を持ち続けたい。心が元気になる音楽を届けるために、音楽の力を最大限表現できる努力を続けていきます」
心が元気になる音楽を届ける
※文中の学年・年齢は、エントリー時のものです。
※インタビューは6月下旬に行いました。
全国大会での荒木香奈さんの演奏はこちら。